東京の新歌舞伎場が新築され、まもなく「こけら落とし」興行がある。といって、ぼくが特に歌舞伎に熱い関心をもっているというわけではない。猿之助や勘三郎が役者盛りで亡くなったことには、本当に残念に思うけれど。
実をいうと、この歳になって「こけら落とし」の「こけら」とは何なのか知らないことに気づいたのです。みなさんご存知でしたか?ぼくも今まで「こけら」とは何なのかという疑問もを持ったこともなかった。
そこで辞書の助けを。
(新築、改築工事の最後に屋根や足組などの杮(こけら)を払い落としたところから)新築または改築された劇場で行なわれる初めての興行。
【日本国語大辞典】
こけらおとし:語源は「コケラ」(コケラブキの劇場)+落とし(落成式)です。・・・・
(こけらぶきとは)「コケラ(木片)+葺」です。コケラで葺いた屋根のことです。ちなみに、芝居小屋の屋根のコケラ葺の工事が済んで、コケラ(木のくず)を払い落とすのが、コケラオトシの本義です。 【日本語源広辞典(ミネルヴァ書房)】
という解説なのだけれど、もう少し痒いところに手が届かない感じですね。そこでもう一足踏み込んで、
こけら
材木をけずる時にできる、木の細片。木を斧でけずった時の細片。けずりくず。木片。こっぱ。
【日本国語大辞典】
日本語源大辞典(小学館)によると「こけら」にの語源には
①コケはコケヅリ(木削)の下略。ラは添えた辞(和訓栞・大言海)
②コギレ(木片)の転(語源を探る=田井信之)。
③コケは細小の義。ラは助詞(類聚名物考)
④コケラ(魚鱗)に似るところから(東雅・類聚名物考 他)
⑤コヘラ(木片)の義(言元梯)
⑥コケは苔、ラはハラフ(払)か。またコは木、ケラは削ラヌの意か。または、コは木、ケラは虫のケラに似ることからか(和句解)
⑦この葉が風に散る音のケラケラから(紫門和語類集)
ということですが、意味としては日本国語大辞典の説明が穏当なところでしょう。
まったく知らなかったなぁ。
ところで、この「こけら」にはちゃんと漢字がある。文頭の画像の上の字。辞書を引いているときには気がつかなかったが、「杮」(こけら)という字は「柿」(かき)とは別字なんですって。「柿=かき」の漢字のつくりは「なべぶた鍋蓋」に「巾」、「杮=こけら」のつくりのほうは、縦角が一本で貫かれていて市、鍋蓋ではではない。
ぼくは自分の粗雑さ注意散漫を恥じ入っています。このたびも、改めて生まれながらの我が悪い性癖に気づかされ、悔いることしきり。
だけどパソコンのフォントのサイズを上げても、どうも区別できない。見分けがつきません。
そこで、またまた辞書の力を借ります。
【新潮日本漢字辞典】の木部の四画「杮=こけら」の項目に「参考」として次のように記されている。
「杮[参考]「柿」(木部の5画)は別字。表外漢字字体表では両者を区別する意図が見られる。しかし、JISX0208の規格表の一九九七年版は、両者を同一字形とする見解を取っている」
なぁ~んだ。フォントを拡大しても区別がつかないわけだ。パソコンのほとんどのフォント(ほんの数種類を除いて)では同一文字としてあつかわれているか、「こけら」と打って変換しても、「?」で帰ってくる、つまり漢字の登録がないということですね。そんなのけしからんと思いません?ま、そこは落ち着いて気を取り直し、次の記事を読んでください。
インターネット上の百科事典【ウィキペディア】の「こけら落とし」の項目から。
≪「杮(こけら)」という字は「柿(かき)」と同じに見えるが、「柿(かき)」は「木部五画(旁が「亠+巾」)」なのに対し、「杮(こけら)」は「木部四画(縦棒が繋がる)」である。しかし、過去の文献によれば、両者は明確には区別されておらず、例えば『康熙字典』では逆になっており、両方とも「柿(木部五画)」とするものや、両字は同じ字の別字体と説明するものもある。これを根拠にして、JIS規格では「柿(木部五画)」が両方の字を包摂するものとしている。これに対し、字典で区別されていないのは後の混同によるものであり、字義を考えれば「こけら」は「杮(木部四画)」で書くべきとする説もある。≫
ウム!なるほど。歴史的にも、用法がしっかり定まっているわけではないのですね。だけど、これはやはり何らかの取り決めをしなくては。
白川静博士の【字通】では、つくりの部分にあたる文字に関して、
縦一本棒の市(はい)は「帯から巾が垂れている形。その巾は蔽膝、礼装用のひざかけである」。
鍋蓋に巾の市(し)は「市の立つ標識の形。交易の行なわれる場所には高い標識を樹て、監督者が派遣された」
と記されている。
もともと意味の異なる文字から発生しているんですね。やはり使い分けをするべきではないでしょうか。