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2010年1月22日金曜日

中野さんの死


ぼくのパソコンレッスンの生徒さんで、最高齢の中野信夫さんが亡くなった。99歳と4ヶ月。100歳までもう少し届かなかった。

眼科医で現役時代は、医療保険制度の改革や平和運動で活躍されたようだが、ぼくがお付き合いさせてもらったのは、最晩年の10年間ほどで、そちらのほうの話は詳しくは知らない。ぼくが聞いた「昔話」は、軍医としてビルマ(ミャンマー)に従軍され、敗戦で食糧や医薬品の供給がなくなり、若い兵隊の命を救えなかったり、空腹を抱えて森をさ迷ったり、英軍の捕虜になったりで、命からがら引き上げてきた話や、娘さんの子供のころの話がほとんどだった。

中野さんの家の前にモウソウダケが何本も植えてある。ビルマで食料がなくなったとき、地元の人に教えてもらって、竹に塩を入れて水で煮込み、柔らかくして食べた体験があって、食料に困ったときに食べられるように、食べ物がなくなる経験を忘れないように、と竹を植えているということだ。

このような話を聞きながら思うのは、人類の歴史をつらつら振り返ってみると、今の日本のように、平和が続いていることのほうが不思議だということ。(ほんとに平和なのかどうか異論もあるだろうし、まして、グローバルな視点でいえば、決して平和といういう状態は瞬時もないのだが。)

大津市で作られている、「はなかみ通信」という小冊子が年3・4回送られてくる。その冊子の「いろはがるた」のページの「て」のカードに「『天国九条の会』が発足したョ。」というのがあった。戦争を体験し、身をもって平和を守ろうという人たちが次々と他界していく。

中野さんがパソコンを始められたのは、90歳目前のときだ。それから約10年、途中で少し休みがあったりもしたが、ほぼ毎週一回、深泥池近くの自宅まで通った。最後のパソコンレッスンは去年の暮れのクリスマス前だった。最初はインターネットというものが、どんなものか体験してみたいということだった。いろいろなウェブサイトを見に行ったり、ナカノ眼科のメールマガジンを配信してもらったり、親しい人たちとメール交換をしたり、お歳がお歳なので毎週根気良く、同じメニューを繰り返して練習された。90歳を越えた生徒さんがいるというのは、ぼくの仕事の「看板」的な存在で、ありがたかった。

ここ2年前くらいまえ、2度目の奥さんを亡くされてから、少しづつ何かもかもに衰えが見えはじめ、パソコンのレッスンもネット上の写真や、Youtubeを見たりという受動的な楽しみ方に終始していた。介護の人も24時間詰めるようになってはいたが、今年に入って体調をくずされたようである。

それでも、この1月の下旬には自宅で新年会をやりましょう、とお招きを受けていたのだが。娘さんから訃報を受けたとき、電話をくださった娘さんの第一声が「新年会はやめになりました」というのだ。それに続いて「父が亡くなりました。」

かなりさみしい。

家族の方、介護の方ご苦労様でした。
冥福を!!

2010年1月12日火曜日

走る(動詞五段活用): 走らない、走ります、走る、走るとき、走れば、走れ、走ろう!!









《走る: 走らない、走ります、走るとき、走れば、走れ、走ろう!!》
(動詞五段活用)


かつて十数年以上続けていて、いつの間にか中断していたジョギングを、3年位前に車に乗るのを止めると同時に、再開した。条件つくりに力を貸してくれた人もいて、ラッキーではあったが・・・とにかく週3回から4回、3kmから4kmの道路を走り続けている。


この正月、テレビで箱根駅伝の中継を見ながら、村上春樹の「走ることについて 語るときに 僕の語ること」を読んだ。僕のジョギングでは、村上氏のマラソンランニングの、足元にも及ばないが、走ることについての共感できることがあり、納得のいくことがあった。

★走れ
というような、神様からの啓示があったわけではないのだが、30歳代のごく初めに、ジョギングを始めた。それまで何だか体を動かしていたい衝動があって、会社の人たちと野球をしたり、友人とテニス楽しんだりしていたのだけれど、(賭けテニスというのもやったなぁ)結局、相手の確保、フィールド・コートの確保などがなかなか思うように行かなくて、続かなかった。家の前に道路があって、靴さえあれば走れる。なんとなくそんな思い立ちで、ジョギングを始めた。


 こういう思い立ちの引き金を引いたのは、京都修学院の開業医の先生からでプレゼントされた、走る大脳生理学者・久保田競 という人の「ランニングと脳」という本だ。とても幸運なタイミングだった。人生に、もっとこういう機会が多くあればいいのだが、その時にそれほど重要な認識がなく、気がつかないことも多い。
 といってもその本、読んではみたが、内容を十分理解たわけではなく、ランニングは脳の活性化にいい作用をもたらし、体も精神もとてもいい状態になる、免疫力も上がる、といった、あいまいでいい加減な理解、もしくは思い込みでスタートした。それが正確な理解なのかはいまでも判っていない。(先生には学生時代から今にいたるまでプライベートでも仕事でもお世話になりっぱなしだ)


ジョギングを始めたころ、長男が小学5年生で、ぼくのジョギングにくっついて走っていたのだけれど、あっという間に、ぼくの方が彼についていけなくなってしまった。彼は、今はすっかりマラソンランナーになって、レースに出て走り続けている。


《世間にはときどき、日々走っている人に向かって「そこまでして長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、実際にはそれほどいないのではないか。むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたいと」と思って走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。》
これは先の村上春樹のエセーの一節だ。まったく同感。ぼくもジョギングをやり始めたころも、そして再開した今も、ときどきそういった冷笑的(嘲笑的)なことばを投げかけられる。いつも何かのために--たとえば健康のためとか、友愛のためとか、世界平和--核廃絶のためとかのため---に走っているわけではない。


★走るとき
 走っているとき、何を考えているか?肉体的なしんどさに気持ちが行っているときは、たとえばデフレスパイライラルのように、悪い渦に落ちていってしまう。もう歩こうか、どこまで走れるだろうか、というような混乱で頭の中がいっぱいになる。
 かえって、心配事があったり、頭の中に課題が渦巻いていたするほうが(走るときにはなるべく忘れたいのだが)肉体的な苦痛を忘れ、誤魔化せそうなことが多い。走っているうちにそれがうまく昇華できて、「空(くう)」の領域に入り込めると、とてもうまく距離と時間をこなせる。風景や鳥の声(そして早朝は猫があちこちの路上で遊んでいる)を楽しめるときもいい状態で走れる。


村上春樹のエセーで、ウルトラマラソンの体験談が出てくる。(観照という仏教のことばがしばしば出てくる)。75kmを越えることに、急に楽に走れるようになる場面が出てくる。ランニング・ハイ。解脱。悟りを開くまでは行かないだろうが、走ることは、なにか禅の世界に近いように思う。(去年末に立松和平の道元の評伝を読んだせいかも・・ぼくはすぐに感化される性格ではある・・・残念ながら)


★走ります
先に引用した村上春樹のエセーで、村上がマラソンランナーの瀬古氏にインタビューをしている一節があった。
Q「体が重くて今日は走りたくないということはないのですか」
A「そんなことは、しょっちゅうですよ!」
 村上春樹はランニングシューズの紐をしめるとき、ラッシュアワーの満員電車に乗る苦痛を免れているのだから、と自分に言いきかせるということでスタートするということだ。
 ぼくの場合は、そこまでの覚悟というか入れ込みもなくスタートする。今日は体が重いから(そんな日のほうが多いのだが)途中で歩いてもええや、ということでジョグを始める。このあたりが人体の不思議なところで、体が温まってくるとけっこう調子がでてきたり、今日は体が軽いからと思って油断していると、途中でへばってしまったりする。


★走らない
 車に乗るのをやめて、毎日電車・バスで移動している。
 デメリット=簡単に自分の行きたいところに行けない。解決策=時間の余裕持って、路線や段取りを考えて行動する。
 メリット=電車やバスで移動中に本が読める。居眠りをして、睡眠不足を補える。車に乗るのを止めて読書量が4倍以上に増えた。
 バス停にバスが見えていても、ぎりぎりでは走らない。京都の市バスは、空席の多いバスがすぐに来る確立が高い。遅れそうになっても走らない。肝に銘じて!

走れば
 走っている時間はしんどかったり、楽しかったり、何も感動がなくてつまらんかったり、それでも「空(から)」の状況に近づいていく。この瞬間がとても気持ちがいい。早朝に走るとうまくそういう状態に入れる。
★走ろう
とはいってもぼくのランニングとはいえず、ジョギングではある。1km早くて6分代後半、途中でしんどくて歩いたりすると、1km8分近くかかっている。それでも続けている。走ることが生活習慣になっている。瑣末なことながら・・・・天候や怪我で走れないと、何か大事な用事をやり残してたままでいるような気分になる。

《どんな髭剃りにも哲学がある。》(サマセット・モーム) ということらしい




2010年1月4日月曜日

ちょっとだけ食物連鎖のこと




冬場の森、木々はすっかり葉を落とし、春の成長期(細胞分裂が盛んになる)時に備えて、うんと体内にエネルギーを蓄えているように見える。そんな空気を感じなら冬の森を歩いていると、森の散歩もとても楽しい。

葉が落ちた森では、小枝に留まっている野鳥たちが、素通しでよく見える。

ぼくは20年近く前から老眼・遠視と親密なともだちになってしまったので、相当遠くの鳥がよく見えるようになった。木枝の鳥たちの囀りや羽音に思わず目が行きフォーカスが会う。(デジカメのオートフォーカスより我が目のオートフォーカスのほうがよほどすばらしい)

毎月何度か京都府立植物園にふらっと行く。(この植物園は60歳過ぎると無料です)冬の植物園は、自然の花ほとんどなく、落葉樹は葉っぱをみんな落としている。野鳥が枯れた小枝に来ているのがいっぱい見えて、この時期植物園は、さながら鳥類園または野鳥園だ。(こういう植物園の楽しみ方も、もっとアピールしてはいいのでは)

からす(今や野鳥の帝王)・ひよどり。・しじゅうがら・むくどり・じょうびたき・るりびたき・あとり・いかる・・・・

この季節は、そこいらじゅうで草木の実は真っ赤に熟している。

なんてん・せんりょう・まんりょう・もちのき・たまみずき・さんしゅゆ・・・・・(実はこれくらいしか知らない)

冬にこの近くの街や里山で暮らす鳥たちは赤く熟した草木の実を冬の食料にしているのだろう。その鳥たちは、その熟した果実を啄ばみ、体内で種を消化しないで、糞と一緒に種を地面に落とす。じつはきのうの朝、大量に群れなしている、高い枝にとまっている、イカルに紫色の糞をかけられた。これは肥料と一緒に種をまく農法だ。鳥たちはしっかり農耕をしている。

人間の食料確保術より、ずうっと合理的にみえる。(ぼく自身の来るべき食糧危機への対応ほとんど何もできていない)。去年の暮れ、新聞で食糧危機の切迫した状況の到来時期が予想されていたが、それこそ「想定外」の早い時期に、突然明日食べる食料が突然目の前から消える事態になる予感がする。取り越し苦労ならいいが、心配性のぼくだから・・・って歌詞がある童謡があったなぁ。

冬の森をこんな「観照」をしながら、散歩するのは楽しくもあるのだが、惑わししくもある。

2010年1月3日日曜日

事始 ブログはじめ





長い間ブログを書かなかったので、ブログの編集ページに入いれなくなって、とうとう新しいブログを開設するはめになった。年も改まったことだし、ま、いいですかね!


大晦日は鹿ケ谷法然院で除夜の鐘を突かせてもらった。去年あたりから法然院で除夜の鐘を突かせてもらっている。恒例になりそうだ。この除夜はは寒かったせいか、去年よりは参加者が少なかったように思う。信仰の薄い奴らめ!といえた柄でもないのだが。それにしても並んでいる人の中に、うるさいグループがあって、思わず面と向かって小言をいってしまった。無粋なじじいやと思われただろうね。そんな小言をいったぼく自身を少し気に入ってるが。

年明けて、この数年前から、これもぼくの恒例になった法然院の「新春法話」を聞きに行く。今年のお題は「法然と親鸞の人間観」ということだった。法話を聞いて思ったこと。念仏浄土の宗派は、善人だけでなく、悪人をも救おうということだけれど、善人か悪人の区分けをすると、どうもぼくは悪人に類するようだ。少なくともそう思うほうが毎日気を楽に暮らせるのではないか。こんな風に開き直るのは卑怯だろうか?

法話を聞いてもうひとつ知ったこと。ぼくが子供のころ祖父母が数え年で年齢を数えていた記憶があるが、昔はみんなそういう歳の数え方をしていたので、言ってみれば、元旦にみんな一斉に歳をとるわけだ。だから元旦を迎えるのはめでたい、みんな一緒に誕生日祝いをするようなものだから、盛り上がるというか、めでたい気分も倍増するわけだ。暮れにどうぞ「良いお年を」という挨拶をするのは、ほんとうは「どうぞよいお歳を」ということなのだ。新春法話はけっこう為になる。

ところで今年は元旦夜明けに月食があった。除夜の鐘を突きにいったため、いつも通り早朝に起きられず「観照」できなかったけれど、なんでも元旦の月食は「史上初」ということだ。よくニュース内容をよく読むと日本史上初めてということ。太陰暦=旧暦が採用されていた明治以前は正月元旦は必ず新月なので、日食が起こりえても、月食はありえないというのが「史上初」の種明かしである。太陽暦を使っていた古代エジプトや、古代ローマでは、きっと何百回も元日の月食があったに違いない。

はなしが変わって、
2日のニュースで時計3億円分の盗難があったことが伝えられていた。ビルの壁を破っての進入ということであるから、実行するにはそこそこ元手が要るのだし、盗んだ時計をさばく手立ても要る。食うに困って犯行ではないだろう。盗まれた店側も、高級装飾品をあつかっているところだから保険を掛けているだろうから、損保あたりが損をするだけだ。ひょっとしたら、店が資金繰りに困っての保険金詐欺という可能性もある。(個人のブロクやからこれくらいはいいでしょう)

といわけで、この事件はそんなに悲壮な感じはしないが、最近強盗や、ひったくり。いわゆる素人が食い詰めて犯行に及ぶ強盗事件が多い。日常てきな悲哀・悲壮を感じてしまう。富の偏在。所得格差。これらの大きなみなもとは、政治の大事な役割である、所得(富)の公正な再分配を怠っているからだと思う。ひとりの人間が10億円持っていても、そうそう遣いきれるものではない。1000のひとが100万円ずつ持っているほうが、効率良く遣えるし、きっと景気だって良くなる。人の気持ちだって穏やかになる。

そうはうまくいかないだろうか、所詮みんな人間は基本的には悪人なのだからねぇ。