ページ

2016年11月18日金曜日

ゆず 柚子


人棲まぬ隣家の柚子を仰ぎけり     横光利一

十一月になって急に冷え込んできました、そろそろ
鍋が恋しい季節ですね。そこで欠かせないのが「ゆず」。柚子の特産とされている地方はたくさんあるが、京都・水尾もそのひとづ。愛宕山の山肌に40個ばかりの家が張り付くように佇んでいる。水尾は「水がきれい」という意味でもある。

特に柚子風呂は「柚子ばかりのいえ風呂は、聖武天皇の時代に民間から始まり、生柚子を半分に切り、それを木綿袋に入れて風呂に浮かせるものです。昼間が一年で一番短い「冬至(とうじ)」に柚子風呂に入ると、その一年は病気知らずといわれます。風呂いっぱいに広がる柚子の香りに気分も爽快、あがった後の体にはほのかに爽やかな柚子の香りが残ります。」(わかさ生活)

ところで、ここ水尾は清和天皇(850-880)の陵の地でもある。「平安時代前清和天皇は二十七歳で陽成天皇に譲位した後、三十歳の時に仏道修行のために近畿各地を回り、その最後に水尾の山寺に入った。清和天皇は水尾の地を終焉の地と考え、三十一歳の時に洛東の円覚寺で亡くなった。遺骨は遺詔(遺言)によって水尾の水尾山寺に葬られ、清和天皇水尾山陵(みずのおやまのみささぎ)は集落から水尾川を渡って対岸にある清和山の中腹に設けられている。清和天皇を祭神とする清和天皇社は水尾の氏神であり、境内には摂社として四所神社が祀られている」(Wikipedia)ということだが、果たして、前から清和天皇と柚子の関係はいかに?

2016年10月22日土曜日

公孫樹Ⅱ

前の回でもいったかな、この季節に公孫樹は美しい彩をそえます。暗い街にスウィッチが入ったみたいだ。ちょっとダブることがあるかも知れませんが、この間読んだ本に面白いことが書いあったので、もう一度書きます。

 本のタイトルは『植物和名の語源 深津正 (八坂書房)』。

狂言でないは麻布の逆銀杏

親鸞が麻布がおった枝ものが、そのまま生きついたと言われるの公孫樹。中村座のなった公孫樹で、それらの因縁を結ぶは堺町。それを結ぶ着けられたの上の句。

公孫樹は貝原益軒が「葉が一枚だから一葉の意味である」と解釈して以来、江戸時代の学者がこの説を受けれたが、これも幕末の音韻学者黒川春村がこの意見にいちゃもんを付けた。

新村出や『大辞言』の主張する意見もある。
さあ、あなたはどれを取る・・・・・


2016年9月21日水曜日

貴船菊

貴船菊という植物はご存知でしょうか。そう、秋明菊の別名。むしろ秋明菊ほうが有名ですものね。
貴船菊のほうが方言。でも何となくこの貴船菊を使いたい。



観音の影のさまなる貴船菊
          阿部みどり女


この菊、京都ではその昔、洛北貴船に咲き始めたとされている。ネットのウィキペディアによると、「中国から古い時代に入ってきた帰化植物である。文献上では「花壇綱目」に「秋明菊」の名前で記載が成れていて、日本に定着していたことが窺える。中国では明代末の「本草綱目」には記載はなく「三才図会」に「秋牡丹」の名前で記載されるようになる。「秋牡丹」の呼称は貝原益軒も「大和本草」で使用している。以後日本の園芸書には「秋明菊」「秋牡丹」で紹介されることが多くなり、「しめ菊」「紫衣菊」「加賀菊」「越前菊」「貴船菊」「唐菊」「高麗菊」「秋芍薬」などの多様な別名で呼ばれることになった。」

真っ白なのと、赤けいとがある。

2016年8月16日火曜日

大毛蓼


わが屋戸の穂(ほたで)古幹(ふるから)摘み生(おほ)し 
  実になるまでに君をし待たむ
          万葉集 作者不詳

Biglobeからのお知恵です。

 江戸時代に観賞用として移入され、江戸時代末には、早くも帰化が始まった。 マムシの解毒剤や毒虫や化膿性の腫れ物などの、民間薬として利用されたようです。

 蓼食う虫も好きずき”のタデは”ヤナギタデ(柳蓼)”(別名:ホンタデ=本蓼、マタデ=真蓼)のことで、 平安時代から香辛料として用い、 江戸時代には栽培品種も多く作られ、刺身とともに食べたようです。 葉を噛むと辛くて口の中が”ただれる”と言うことから”タデ”と云われるとの説がありますが、 これは誤りで、古名は”太豆=タズ、太良=タラ”とか云ったが、中国名の”蓼”を音読みにして、 多天(たで)としたとの記述が、本草和名(918)にあります。 因みに、柳蓼のことを、中国名:水蓼、英語名:Water pepper(ウォターペパー、水胡椒)、 学名:hydropiper(ハイドロペパー、水胡椒)と言い、水辺に多く生えており、葉や果実が、 胡椒のように辛味が、ある事から名付けられた。 コロンブスがインドを、マゼランが世界一周を目指した理由の一つは、 肉の保存に効果を発揮した東洋の香辛料を持ち帰り、巨万の富を手に入れる事だった。 方や、香辛料を買えない欧州の庶民は、代用品を探し、実を乾かし潰すと芳しさと辛味が生まる、 欧州全体に自生する蓼を胡椒の代わりに使うことを見出し、また、葉を黄色の染料に使用するそうです。 ネパールでは魚毒として、葉を砕いて川に流し浮いてきた魚をとるのに用い、 これは昔、日本でも行われていたようです。 日本では、生薬や香味料として用いられ、鮎の塩焼きのタデ酢(アオタデの本葉のすり潰したものを 二杯酢に加える)や刺身の褄(主にベニタデの発芽した子葉)には、現在も使われている。 ”蓼食う虫も好きずき”の虫は、甲虫類のイチゴハムシや蛾類のシロシタヨトウ等の虫だそうで、 栽培するときに除虫をしないと、かなり虫食いだらけの葉になるそうです。

2016年7月20日水曜日

へくそかずら 屁糞葛


くだらぬものおもひをばやめにせむ
        にか匂ふは屁糞葛か
              
              牧水


世の中には、本当にこんな名前を付けていいのかしらと思ってしまう。これもその一つ。屁糞葛という名前。何とか良い名がと思っていたら、ありました。この葛にやとばな(やいとのこと) さおとめばななどともいいます。何処にでもあるはな。他物に絡みつく。葉は長楕円形で対生。夏、外面が白色、内面が紫色の小花をひらく。ただし、臭いがなあというご仁も多い。
 


2016年6月21日火曜日

鬼百合



ゆりはまことに夏花濃みどりの切れのよき葉も力にみちたる
                                   宇都宮研



 鬼百合はあまり季語にならないようで、せめて天蓋百合、料理百合とかくらいになれば何とかなったかも。

 「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。鬼について知りたい人は馬場あきこ「鬼の研究」をおすすめする。ちと体力いりもうすが。ここではごめんね。

 種子は作らないが、葉の付け根に暗紫色の「むかご」を作る。食用となる。

 「むかご」とは、茎や葉のつけねなどにできる、養分をためた小さなかたまりのこと。 料理としてよく使われるのは、山の芋の「むかご」。

 なお、「むかご」は、漢字では「零余子」または「珠芽」と書く。

 生薬名をビャクゴウ(百合)と呼び、鱗片を鎮咳、消炎、鎮静など用に漢方処方される

うつつなき眠り薬の利きごころ百合の薫りにつつまれにけり

                    『鍼の如く』 長塚節

2016年5月21日土曜日

紫陽花

 もう少しで嫌な雨の四季。新聞紙からも水が滴ります。こんな季節には紫陽花を見つけるとホッとしますね。まさに梅雨の女王。

 ところで、本来の「紫陽花」とは、唐の詩人の白居易さんが命名したということ。これが別の紫の花のことで、平安時代の学者、源順(みなもとのしたごう)が、今のあじさいにこの漢字をあてたため、誤用がひろまったらしい。ちょっと酷い話ですが、こんなことはよくあったらしいですね。でも日本語ではこう呼んだのだからいいか・・・

 ところで東京堂出版の辞書によりますと、平安期に入っても「あぢさい」はあまり有力品種とはならない。初夏の景物として今日ほど一般化したのは、どうやら明治以降のことらしい。優れた園芸改造の結果と近代の感性とがマッチしたためでしょうね。


「紫陽花が女の乳のごとまろし臙脂ふくめる五月雨の中」与謝野晶子

2016年2月19日金曜日

白木蓮

この花は白木蓮。 白い小鳥がいっぱい木に  止まっているように見える。花びらは太陽の光を受けて南側がふくらむため、花先は北側を指す。 それで、「磁石の木」と呼ばれることもある。花は全開しない。これが辛夷と違うところ。


裸の露出したMagnolia(マグノリア)は、18世紀のフランスのモンペリエの植物学教授「Magnol さん」の名前にちなむ。ま、どういうことで学名がこうなったのか判らない。彼は医者でもあったらしい。
沢山の白木蓮ファンがいる。ぼくのその一人だが。