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2010年2月26日金曜日

寺島しのぶ

実はぼくは寺島しのぶのファンである。

もうひとつ、実は彼女の演技をスクリーンでも、舞台でも見たことがない。テレビでしか見たことがない。なのにファンとはオコガマシイとおっしゃる向きもおありでしょうが、それはひらにご容赦。今後チャンスがあれば是非ということでお許しを。

しかも寺島を「てらじま」と読むとは知らなかった。ますますアキマヘン!

その「彼女」がベルリン映画祭銀熊主演女優賞を受賞した。そもそも「この人、ええ女優さんになったなぁ」、と思ったのは、NHKの朝ドラ「純情きらり」を見たときだった。主人公の宮崎あおいのお姉さん、笛子さん役がよかった。(ちょっとマニアックかな?)

「純情きらり」という朝ドラの原作は、太宰治の娘さん津島祐子の谷崎賞作「火の国ー山猿記」という小説だ。ストーリーや舞台が「純情きらり」と全然違うのだけれど、なぜか人物配置だけを同じになっているというもの。何故このようなドラマが生まれることが可能なのか、未だによく分からないでいるのだけれど。

寺島しのぶは尾上菊五郎と富司純子(「非牡丹お竜」のころは「ふじじゅんこ」だったがいまは「ふじすみこ」と読むらしい。お竜さん京都一乗寺「京一会館」スクリーンでよくみたなぁ)の娘さん。男に生まれていたら歌舞伎役者になっていたかも(中村玉緒をちょっと思い出すが)。だけど、画面上の彼女はそういうサラブレッド的なものをあまり感じさせないというか、うまく潜めて、その上でその力をうまく使った演技があるように思う。

今回のベルリン映画祭での受賞は、監督が若松孝二の「キャタビラー」というタイトルの映画だ。そのことがぼくには、とても好感をもたらせている。学生時代とその後の荒んだ時代に若松の映画をたくさん見た。これも今はなき、京都一乗寺の「京一会館」で。

きっと「キャタビラー」を見に行くぞぉ!

てなわけで個人的なミーハーを書きました。

以下 Le Figaro 20 févr. 2010の お読みになれる方はどうぞ。
ぼくは半分くらいですが・・・



Shinobu Terajima sacrée meilleure actrice

Absente de Berlin, la Japonaise Shinobu Terajima, âgée de 37 ans, a remporté l'Ours d'argent de la meilleure actrice pour son rôle d'épouse martyre d'un soldat atrocement mutilé dans «Caterpillar» de Koji Wakamatsu. De leur côté, les Russes Grigori Dobrygin, 23 ans et Serguei Pouskepalis, 43 ans, ont remporté ex-aequo l'Ours d'argent du meilleur acteur dans «How I ended this summer», un thriller arctique d'Alexei Popogrebsky.

2010年2月21日日曜日

和邇浜

 気分が落ち込んだり、むしゃくしゃして、心の落としどころが見つからないとき、無性に琵琶湖を眺めに行きたくなる。琵琶湖を見たくなって、急に思い立って行くのが、大津市の和邇浜。和邇浜には水泳場と小さな漁港がある以外、とくに何もない。水泳場もずいぶん素朴なものだし、漁港も小さな漁船が数隻繋留されているだけのシンプルなものだ。

実のところ、この何もなさがとても気に入っている。しかもJRの駅から10分足らずで湖岸に着くので、車を持たなくなったぼくにはありがたい。

 いまの季節、風はまだ冷たいけれど、水の色も空の色も春めいて、日差しも少しづつ明度を増してくる。冬の水鳥がまだ逗留中で、静かな季節の風景にうまく溶け込んだアニメーションが見られる。今年は初めてスズガモという鳥を見た。最初は名前を知らなかったのだけれど、写真に撮って帰って、自宅の鳥類図鑑で調べて名前を知った。珍しい鳥ではないと思うが京都市内ではあまりお目にかからない。

和邇から琵琶湖を隔てた対岸には、近江八幡の長命寺の山、彦根の荒神山、それに琵琶湖でた唯一人の住む島、沖ノ島が望める。そして、そのはるか向こうに雪を頂いた、伊吹山、霊仙山、御池岳などの鈴鹿の山々が連って見える。振り返って西側を見ると、こちらも雪を頂いた比良の山並みが迫っている。

この季節の西風が冷たく強くときは湖の遥か北をゆっくりと雪のベールが西から東へ移動して行く。

JRを降りてまっすぐ東へ湖岸に歩くと、そこが和邇中浜。和邇浜は小さな川を境にして、北浜、中浜、南浜に分かれている。全長で2km足らずの砂浜を往復する間にも、刻々と水の色空の色が変わっていく。心が溶き解れてくる。

ところで、和邇という地名は、古代豪族のひとつ和邇氏(漢字の表記はいろいろあるらしい)の一派が、大和からこの地に移って定住したことに始まるとつたえられている。そういえば中浜で「和迩」という表札のかかった家を見たことがある。古代神話に因幡の白兎の話があり、その中に鰐が出てくるが(鮫のことらしいが)、和邇と鰐は何か関係があるだろうか。

この和邇の南隣に小野という地名がある。こちらも和邇氏から派生した豪族、小野氏がいたところだということだ。大きな新興住宅地に隣り合わせて、じつは本物かどうかあやしいけれど小野妹子の墓というのがある。小野道風を祀った神社もある。

そういえば、もうひとつ。『古事記』に、「其の謂はゆる黄泉比良坂(よもつひらさか)は、・・・・」という下りがある。イザナミを追うイザナギが辿った道終点、黄泉の国と現世を隔てる壁となる坂のことだと解釈しているのけれど、この比良坂とこの地の山々の名称「比良」と何か関係あるだろうか。和邇浜から比良の山々を見上げると、何かからこちらを隔てる壁のように見えてならない。

2010年2月17日水曜日

蕗の薹(ふきのとう)


友人宅で美山(京都南丹市)でとれた蕗の薹をごちそうになった。早春のうれしいごちそうだ。

莟(つぼみ)とは 
なれも知らずよ 蕗のとう  蕪村>

蕗の薹という植物名はない。蕗の花の莟を蕗の薹とよんでいる。蕗の花が開き切って終わる頃、その周辺の地面から小さな葉が顔を出して、成長して蕗になる。


熊本大学薬学部のホームページによると「煎じて飲むと、せき止めや痰を切り、解熱作用もありかぜの初期には効果がある。・・・フラボノイド等のポリフェノールが多く、アクが強いので、特に胃の弱い人は、あく抜きをして食べることをお勧めします.」ということだ。

 最近読んだ杉本秀太郎の「みちの辺の花」というエセー集(講談社学術文庫 挿絵は安野光雅)には

「蛤(はまぐり)のお吸い物に蕗のとうをこまかく刻んで浮かせる。春の香りがお椀から立って、まことにうれしい気持ちになる」

というくだりがある。薬味に使うのがいちばん手っ取り早し、というところか。

蕗の薹を使った料理はいろいろあるだろうが、ぼくはふき味噌と天ぷらを好んでいる。

料理レシピでは次のようだ。
蕗の薹はさっと湯通しして水にさらす。味噌にに味醂・酒 お好みで砂糖を熱しながらまぜて あら熱をとったら、水気を切ってみじん切りにした蕗の薹をまぜるだけ。ぼくの好みでは砂糖が入らないほうがいいと思うけれど。甘くなりすぎるのでは・・・砂糖を使うのなら、三温糖かざらめを使いたい。

また別の料理レシピによると、てんぷらは低めの温度で揚げるのがコツ。揚げているうちに莟が開くと苦味が取れるということだ。だけどこの苦味がいいのだがネ。


2010年2月13日土曜日

またオリンピック開幕

  古代ローマの第2代ティベリウス、ユリウス・カエサルの養子アウグストゥスに続く皇帝だが、彼は古代ギリシアのオリンピック競技に出ていた。このティベリウスはローマの帝政の地盤を固めた人。最良の皇帝のひとりという評価もあるくらいである。

地味で堅実な施政をした人だけれど、ほとんどローマには居なくて、イタリア南部の地中海沿いカプリの別荘にいて、そこから政治の指揮をとっていた。

ティベリウスは、その別荘から船でギリシャに出掛け、オリンピック競技に参加していたということだ。種目は戦車競走とも走り幅跳びとも。成績の方は定かではない。

因みに、キリストが処刑されたのはティベリウスの施政下でのことである。当時のシリア総督であったピサロがこの処刑をティベリウスに報告していた形跡はないらしいが。

日本にも元オリンピック選手の首相がいたが、名政治家とはほど遠い人だったけれど・・・・

またヴァンクーヴァーでオリンピックが始まる。テレビはどのチャンネルも番組前宣伝で賑やかなことである。これが終わると、この夏にはサッカーのワールドカップ。冬季、夏季、さまざまなスポーツのワールドカップと、年がら年中のスポーツ祭典である。メディアの中のこの喧騒ぶり、かなり食傷気味になっているのはぼくだけだろうか?


2010年2月10日水曜日

立松和平が逝った

 立松和平が亡くなった。去年の暮「道元禅師」と「芭蕉の旅 円空の旅」をたて続けに読んだばかりで、あまりにも偶然で驚いている。けっして上手な小説家とはいえなしい。作品もそう多いとはいえない。どちらかといえば不器用な小説家であるが、その不器用さをいうか、朴訥さが愛せる作家である。

62歳で逝った。ぼくと同い年だ。多少はそういう近親さもあるのだけれど、まだもっと作品を残して欲しい人だった。

  梅寒し天寿全うせしとても  稲畑汀子  

2010年2月6日土曜日

雪積る



冬ながら 空より花の 散りくるは 
         雲のあなたは 春にや有るらん
  (ゆきのふりけるをよみける)  清原深養父

毎年いまごろの時期になると、
このうたを思い出す。
  
今朝、この冬初めて雪が積もった。北陸や北日本、九州でさえ大雪のニュースが続いていたのに、京都では積もるほどの雪が降らなかった。
   きのうお客さまの家で沖縄の古酒(くーす)をご馳走になり、酔っ払って家に着いたもので早めに布団に入った。ぐっすり寝込み目が覚めたら雪が降り積もっていた。積り加減からからみると、未明あたりから降り出したようだ。

   20歳代のころ、3年ほど滋賀県の彦根にいたことがある。滋賀県は湖東でも安土のあたりから北に行くと急に行の多い地域になる。ぼくがいた3年間の冬も雪が多く、毎日毎日降る雪にウンザリしたものだ。第一足廻りが悪くなるので、動きにくい。住んでいた下宿は古い家屋で気密性が悪く、寒かった。もっと雪の多い地方なら、動くどころか、雪下ろしや雪かきという仕事が加わるに違いない。それに比べると、京都の雪は雅で美しい。雪景色を楽しんでいられる。

   雪が積もっていても、臘梅のそばを通ると、雪風に乗っていい香りがただよってきて、思わず花のほうに近づきたくなる。

   そういえば、きのう読み終えた杉本秀太郎の「半日半夜」という随筆集のなかの「香木」をいうタイトルで次のような文章があった。

  「鼻が利くと警戒心も強くなりがち。人を嗅ぎ分け、危うきには近寄らず、逃げ足早く遠ざかる。その代わりいい匂いの藻を身につけている相手には忽ち好意を抱く。とすれば、警戒も無警戒も同じ習性に帰する。

                        市中は物のにほひや夏の月  凡兆

                                      あつしあつしと門々の声  芭蕉            」

   話が急に変わってしまったが、杉本秀太郎という人の文章はとても面白い。本職はフランス文学の先生らしいが、平家物語や徒然草などに関する著作がある。フランス文学の素養と、日本文化に対する造詣の深さが、うまく融合している。

2010年2月1日月曜日

節分・立春大吉


 週3回か4回、3kmから5kmジョギングをつづけているが、この正月ヒマにまかせて毎日ジョギングを続けた。一年の計というほどのことではないが、今年は少し距離を伸ばそうと思ったからだ。ところが5日目の朝、最後の下り坂に入った途端、大腿の裏あたりに違和感が走り、足に力が入らなくなってしました。それ以来太股が痛んでジョギングをサボってしまっている。

 大した発見ではないが、下り坂で痛めた筋肉は歩いている時でも、下り坂や階段を降りるときにこたえる、ということがわかった。それにしても一度痛めた足がなかなか元に戻らない。歳のせいだろうね。これもちょっとした発見?

朝日新聞の朝日川柳の投稿に、こんな川柳があった

<一年の計がつぶれて春が来る 成瀬克美>

新年からブログも再開したものの下書きばかり溜まって、なかなか形にならず、公開できていない。

今日から2月。京都御苑の梅林の花がチラホラ咲き始めた。もうすぐ節分・立春。どうも仕事がヒマで少々ピンチのスタートではある。立春大吉ではなく、立春小吉かな。