寒い中、ちょっと暖かく(少し背筋が寒くなる)別世界を。
開高健『君よ知るや、南の国--眼ある花々』
「うるんだ亜熱帯の黄昏空を巨大な夕陽がソテツやヤシの林のかなたに沈んでいき、空には真紅、紫、金、紺青、ありとあらゆる光彩が、いちめんに火と血を流したようななかで輝き、巨大な青銅盤を一撃したあとのこだまのようなものがあたりにたゆたっている。謙虚な、大きい、つぶやくような優しさが土や木にただよう。」
「私はパリを経由して(ベトナムへ)きたので釣竿を持っていた。バナナ島は最前線中の最前線で、すぐ眼のまえの対岸が反政府地区であった。生きるか死ぬかの闘争をしている場所へ釣竿など持っていくのはいかにも不謹慎な気がしたが、いってみると、たいそう歓迎された。(中略)第一回にこの国にきたとき坊さんに日ノ丸の旗にヴェトナム語で『私ハ日本人ノ新聞記者デス。ドウゾ助ケテ頂戴』と書いてもらったのを持って歩いたものだが、それを見たときのヴェトナム人の顔とバナナ島の人びとの顔をくらべてみると、日ノ丸よりも釣竿のほうがはるかにあたたかく、まったく無条件でうけ入れられたといいたい。」
「爆弾や砲弾はどこへとびこむかわからないので機関銃弾よりおそろしかった。衝撃にたまりかねて小屋のそとへとびだしてみるが、どこへかくれていいかわからず、どこへかくれても効果はおなじであるような気がするので、闇のなかで思わずたちすくんでしまう。すると、水ぎわの木に何千匹とも何万匹とも数知れぬホタルがむらがっている。ここのホタルは一匹一匹が明滅するのではなく、何万匹もの大軍団がいっせいに輝きはじめ、それがしばらくつづいてから、ふと、ある瞬間、いっせいに消えてしまうのである。(中略)蒼白く輝き、それは何万もの大群集の歓声でであるはずだが何の物音もしない。光輝がふっときえると、その穴へ闇がなだれこむ。
それは太古の夜の花である」
すばらしい表現力です。
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