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2018年5月23日水曜日

桜 Ⅰ ウワズミサクラ


ウワズミサクラという植物をご存知でしょうか。北海道西南と本州、四国、九州の山野に自生し、日照と小川沿いなど湿潤した環境を好む。樹高:約10~15m。樹皮:灰~褐色。枝 :小枝の多くは落葉後に落ちる。葉 :長さ6~9cm、幅3~5cmで楕円形で先が急に細くなり、縁には鋸歯がある。花 :5月(北海道では6月)頃。長さ10cmほどの白い総状花序は雄蘂が目立ち、ブラシのように見える。果実:直径約8mmの卵円形の核果を付け、初夏にかけて赤から黒く熟す。利用:材は軽くねばり強い事から建材のほか、彫刻細工、版木、道具の柄などに利用される。香りのよい、若い花穂と未熟の実を塩漬にした杏仁子(あんにんご)が、新潟県を中心に食用とされる。また、黒く熟した実は果実酒に使われる。

ウワズザクラ(上溝桜、Padus grayana)は、バラ科ウワミズザクラ属の落葉高木。 和名は、古代の亀卜(亀甲占い)で溝を彫った板(波波迦)に使われた事に由来する。
よく似たイヌザクラとは、花序枝に葉がつく事などで区別できる。

ちょっと見た感じでは桜の仲間とは思えにないのですが。そのウワズミサクラに司馬遼太郎の文章に次のようなものがあります。

『古代日本の卜占は、東アジアで孤立したものではなく、古代中国で亀の甲を焼いて吉凶を占ったように、古代日本では牡鹿の肩骨(肩甲骨)を焼いてそれにあらわれるヒビのよって吉凶をみた。それを、
「太占」
という。のちに奈良・平安朝になって中国風に亀の甲が焼く法が併用され、いつにほどにかこの鹿のほうが絶えてしまうのだが、いずれにせよ、それを焼くための木はきまっていた。
「ハハカ」
という木の木皮を燃やして焼く。ハハカ、波波迦。ウワズミサクラのことだという。』
司馬遼太郎 葛城みち(街道をゆく)

いずれにせよ、これはこれで優美で美しいものがあります。


2018年3月17日土曜日

三葉躑躅 (みつばつつじ)

竜田川いはねのつつじ影みえてなほ水くくる春のくれなゐ 藤原定家『新続古今集』


信楽といえば陶器で有名だけれど、これは隠れた名産になるかもしれないが、毎年今頃になると花をつける三葉躑躅が美しい。特に信楽の躑躅の色があざやで美しいいと思うのはわたしだけだろうか。交通がどんどん不便になるので、車で行く以外は信楽高原を使う以外手がないのだが、時間があれば是非お勧めでである。

亀岡には高熊山という山があって、この高熊山には古来一つの謎が遺っておる。
『朝日照る、夕日輝く、高倉の、三ツ葉ツツジのその下に、黄金の鶏小判千両、埋(い)けおいた』(略)自分は登山するごとに、三ツ葉ツツジの株は無いかと探してみたが、いつも見当らなかった。大正九年の春、再度登山して休息しておると、自分の脚下に、その三ツ葉ツツジが生えておるのを見出し、
はじめてその歌の謎が解けたのである。(略)『三ツ葉ツツジ』とは、三つの御霊、瑞霊(ずいれい)の意である。ツツジの言霊は万古不易の意である。

4-5月頃に咲く紅紫色の花が美しいわけだけれど。花が終わってから葉が出てくる。枝先に三枚の葉がつくことからこの名がついた。代表種の「三葉躑躅」はおしべが5本あり、「東国(とうごく)三葉躑躅」、「大山(だいせん)三葉躑躅」、「小葉(こばの)三葉躑躅」、 「西国(さいごく)三葉躑躅」、「南国(なんごく)三葉躑躅」は おしべが10本ある。

2018年2月20日火曜日

梅 Ⅰ


心あらば尋ねて来ませ鶯の
                木伝ひ散らす梅の花見に  良寛


北野の天神さんの梅が咲きはじめました。このブログが人の目に触れる頃は半分いや満開かも。北野天満宮の由来にはちょっと血生臭い話もありますが、そこはちょっと避けましょう。みんな同様に天神参り。ほとんど花の咲いていない冬に、「ついに梅が咲き出したか♪」という、春を迎える、ほっとしたうれしさのインパクトは大きい。しかも桜と違って花の散り方がゆっくりしている。


「鶯宿梅(おうしゅくばい)」の故事に、ある時、宮殿の前の梅が枯れてしまった。そのときの天皇、村上天皇は、これを残念に思い、かわりの木を探させていたが、ある屋敷で良い梅の木を見つけて、それを勅命で宮殿に献上させた。そしてその木を植えてみたところ、屋敷の女主人の書いた歌が紙で結びつけてあり、「勅なれば いともかしこし 鶯(うぐいす)の 宿はと問(と)はば いかがこたえむ」とあった。歌の心を知る天皇は、すぐにこの梅の木を元の屋敷に返したという。

梅は中国原産。奈良時代の遣隋使(けんずいし)や遣唐使(けんとうし)が中国から持ち帰ったらしい。「万葉集」の頃は白梅が、平安時代になると紅梅がもてはやされた。漢名でもある「梅」の字音の「め」が変化して「うめ」になったという学説が有力なそうです。

梅には500種以上の品種があると言われている。わからないわね!

2018年2月17日土曜日

節分


あんまり知らていないが、真如堂の般若心経を365回唱えてもらうと一年分の役を取り払ってもらえるそうだ。

もう春がそこまで!!

福寿草

「朝日さす老師が家や 福寿草」
                与謝蕪村
「日のあたる窓の硝子や福寿草」
                永井荷風
「水入りの水をやりけり 福寿草  
                               正岡子規                             

正月の縁日で福寿草をよく見かけるが、あれはハウス温室人工のもの。山野や畑で福寿草で咲く福寿草はこれからである。鈴鹿山脈の藤原岳で咲くのをみるとなると五月にもなってしまう。
光や温度に非常に敏感で、昼間でも日がさえぎられると1~2分で花がしぼみ、再び日があたるといつの間にか花が開く。寒い時期に咲くので、花びらを開閉することで花の中の温度を下げないようにしているらしい。
花が終わる頃、人参(にんじん)の葉のような、こまかい葉が出てきて一面に広がる。
根には強心作用、利尿作用があり民間薬として使われることがある。しかし、毒性(副作用)も強く素人の利用は死に至る危険な行為である。薬理作用、毒性共にアドニンという成分によるものと考えられている。
「元日草」(がんじつそう)や「朔日草」(ついたちそう)などたくさんの別名をもつ。
学名はAdonis (フクジュソウ属)amurensis (アムール川流域の黒竜河:中国北東部)。 Adonis(アドニス)は、ギリシャ神話に登場する、イノシシの牙に突かれて死んでしまった青年の名前に由来。傷から出た、血のように赤い花にたとえた。欧州産の本属のものは、黄色い花ではなく赤い花らしい)。


2018年1月20日土曜日

蕗の薹 Ⅱ

明日よりは春菜(わかな)採(つ)まむと標(し)めし野に
             昨日も今日(けふ)も雪は降りつつ   万葉集・ 山部赤人

 蕗のとう  おもひおもひの 夕汽笛    中村汀女

蕗のとうが、ぼちぼちスーパーに並ぶころになりましたね。恐らくスーパーに並んでなおは育成品のでしょう。野生のものは二月に中旬になってからですが、スーパには出ないでしょうね。蕗のとうに関しては七・八年にちょっと書いたのがあるので、第二弾ということになります。

蕗のとうは、冬に黄色い花をつけることから、「冬黄(ふゆき)」といい苳とも書きます。菊の仲間です。花芽は、  天ぷらにするとおいしい。 花が咲く前の  柔らかいうちがベスト。地面から出てきた直後 ぐらいの状態のもの。

 てんぷらは低めの温度で揚げるのがコツで、揚げているうちにツボミが開くと苦味がとれます。また、せん切りにして味噌汁の実にしたり、煮浸し、油いためなどにします。フキノトウ味噌-フキノトウ4個を熱湯で1分ほどゆでてから水にさらし、みじん切りにして水気を絞ります。

春の代表的な山菜。花が咲いてから、  地下茎を通じてつながっている葉が大きく伸びて広がってくすねる。花と葉が別々につく。  この”葉柄”(葉の茎の部分)が  いわゆる 「フキ」として食用になる。市販されているものはほとんどが「秋田フキ」と呼ばれる全国的にも有名であります。 葉柄2mほどの大型のもの。葉自体は円形。

可愛いすがたが見られるのは、もうすぐそこ!


2017年12月16日土曜日

水仙 Ⅰ

其のにほひ桃より白し水仙花 
          松尾芭蕉
水仙や寒き都のここかしこ
        与謝蕪村 
水仙の香やこぼれても雪の上
        加賀千代女

まあ水仙をうたっている唄の多いこと。しかしこの花どくがあることは、ご存知のとおり。
毒成分はリコリン (lycorine) とシュウ酸カルシウム (calcium oxalate) など。全草が
有毒だが、鱗茎に特に毒成分が多い。食中毒症状と接触性皮膚炎症状を起こす。稀であるが、
鱗茎を浅葱(あさつき)と間違えて食べ死亡した例がある。
中毒は初期に強い嘔吐があり摂取物の大半が吐き出されるため葉がニラととてもよく
似ており、家庭菜園でニラを栽培すると同時に、観賞用として本種を栽培した場合などに、
間違えて食べ中毒症状を起こすという事件がときどき報告・報道される。
葉からの臭いがない(ニラは葉からニラ独特の強い臭いを放つ)。
鱗茎がある(ニラは髭(ひげ)根で鱗茎はない)。

別名「雪中花(せっちゅうか)」、雪の中でも春の訪れを告げるので。





2017年11月18日土曜日

山茶花

山茶花を旅人に見する伏見かな  
     西鶴 「蓮の実」
雨の山茶花(さざんか)の散るでもなく 
 種田 山頭火




椿の仲間。花の少ない晩秋から初冬にかけて咲き出す。長い間咲き、正月を過ぎても楽しめる。花はとてもよい香り。山茶花って、お茶飲めるらしいんです。味の方はわからない、誰も評価がない。


花言葉は『困難に打ち克つ』『ひたむきさ』『理想の恋』。美しいといえば美しいが怖いといえば怖い。




椿(つばき)の漢名(中国名)の「山茶花」が、いつの頃からか、このサザンカの名前として  間違って定着した。読みは「山茶花(さんさか)」から「茶山花(ささんか)」「さざんか」というぐあいに変化したらしい。上記から、「山茶花」の漢字名も  本当は誤用。どこかで椿とサザンカが混同されたのだね。こういうのって、一度定着したら軌道修正はほとんど不可能ですね。みんな、その間違ってる方を本物と思ってしまうから。


日本が原産地。江戸時代に長崎の出島のオランダ商館に来ていた 医師ツンベルクさんが  ヨーロッパに持ち帰り西欧で広まった。学名も英名もサザンカ Sasanqua。







2017年10月21日土曜日

野牡丹

野牡丹に名だたる山のかすみをり   (キングフィザー)


今に限ったことではありませんが、何の花かしらと思っていたら、「野牡丹」というはなだそうです。紫色がきれいな花で 牡丹のように美しいので、この名になったそうです。牡丹には似ていないが・・・
原産地はブラジルで、夏から11月頃まで長いあいだ咲きます。常緑樹。色は紫の他、赤、白がありますが、紫のものをよく見かけます。この紫いろのを「紫紺野牡丹  (しこんのぼたん)」と【ふつうの「野牡丹」】 といい、まんなかのしべの一部が黄色い 【紫紺野牡丹】と正確にはいうようです。しべは全て紫色といった見分け方があるようです。
なかなか難しいですね。  ほかに、  園芸種もいろいろありそう・・。

2017年9月20日水曜日

柊

「柊の   葉の間より 花こぼれ」    高浜虚子 



「柊」というと節分のイメージが強く、イワシの頭を刺した紙のお供えを思い出す。しかし柊の花は秋。ちょっと早いかもしれないが、十月の末ぐらいになると花が咲くのでお許し願おう。また同名の魚がいるが、これは少し別物。命名の由来などは知らない。ご存知ならばお教え願いたい。
木犀科。葉は固くてギザギザでさわると痛い。それで、さわると疼(ひいら)く、ひりひり痛むところから「疼木」となる。
古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされ、庭に植える習慣があった。鬼が目を突かれて退散したという伝説 、「鬼の目突(おにのめつき)」から、2月の節分には、柊の枝葉を戸口に立てて、その葉っぱのとんがりで鬼を追い払う。イワシの頭を柊の枝の先端に刺して、その匂いで鬼を退散させる。豆がらをたくさん巻き付けて、ガラガラ音を鳴らして鬼を退散させる。と言った厄除けの習慣が現在も残っている。
 また、ネズミが通り抜けるようなところへ柊の枝葉を立てておくと、ネズミもトゲを恐れて通らなくなる、という効き目もあったらしい。


12月24日の誕生花(柊)花言葉は「先見の明」(柊)

2017年8月20日日曜日

クコの花

最近年のせいか、体がバランスわるい。漢方に相談すると、老化をくいとめるのに、クコの花を処方されました。中国名で「枸杞」とかいて、日本では「くこ」いうようです。

学名では Lycium chinense Lycium : クコ属 chinense : 中国の Lycium(リシウム)は、 中央アジアの  Lycia という土地に生えていた、とげの多い木「lycion」の名前に由来しています。  

夏から秋にかけて紫色の花が咲き、そのあとで赤い柔らかい実がなり食べられる。実の赤い色は、干してもなかなか色落ちしない。この実を酒や焼酎に漬けて「クコ酒」にします。

ものの本によると、根の皮は解熱や強壮薬にもなる。 
根は「地骨皮(じこっぴ)」  という漢方薬になる。  中国と日本では古くは「沼美久須利(ぬみくすり)」と呼ばれるなど薬として有名で、 栽培も盛んだったと書かれています。 

枝にはとげあり、とげが多いところから生垣としても植えられる。

「枸杞子」は薬膳料理にもよく用いられているほか、中華料理のデザートなどにも使われることがあります。「枸杞子」は、さまざまな健康効果も期待できるうえ、美味しく、料理にも美しく映えるので、一石二鳥ならぬ、一石三鳥ですね。

2017年7月17日月曜日

薊



「口をもて霧吹くよりもこまかなる
  雨に薊の花はぬれけり」
   長塚 節

薊の名前の由来は、「和名抄(わみょうしょう・932)」に「葉には刺(とげ)多し、阿佐美(あさみ)」という記述があります。また「植物名の由来(中村浩・1980)」には、「アザムという言葉は、アサマから転訛(てんか)したもので、傷むとか傷ましいの意である」という解説があります。アザミに触ると刺があり痛いので、アザム草が転訛してアザミと呼ばれるようになったということらしい。
ところが別の語言もある。沖縄の八重山地方では、とげを「あざ」と呼ぶことから「あざぎ」(とげの多い木)と呼ばれ、しだいに「あざみ」になった。

「アザム」には「驚きあきれる」とか「興ざめする」の意味があり、花が美しいので手折ろうとするとトゲにさされて痛いので、驚きあきれ、興ざめする」ということから、この名前がついたらしい。

昔、イギリスで、スコットランドとイングランドが戦争をしていた時、この痛いトゲでスコットランドを守ったことから、今もスコットランドの 国(地方)の 国花となっています。

薊の種類で大部分のものが食べられます。若ければ刺は揚げたり、ゆでたりすれば気になりません。てんぷら、ごまあえ、クルミあえ、からしあえ、油炒め、きんぴらなどです。
芽、葉、根を用いますが、根は1年中利用できますが、強いアクがあるため、ゆでてから米のとぎ汁で一晩さらすといいでしょう。

2017年6月22日木曜日

宵待草

竹久夢二の『宵待草』なんて詩はご存知でしょうか。多忠亮が曲をつけて一世を風靡した。実ることなく終わった、ひと夏の恋によって作られた。

待てど暮らせど来ぬ人を 
              宵待草のやるせなさ
                   今宵は月も出ぬさうな
  
宵待草は別名というか正式には『待宵草(まつよいぐさ)』という。しかし、松代草には100以上の仲間があって、わたしにはさっぱりわかりません。解かる方はお助けを。
まあ大雑把に言えば次のようです。赤花(あかばな)科で、夏の夕方開花、黄色。花は中型。花が終わったあとは。赤っぽい色になる。
学名のOenothera(オエノセラ)は、ギリシャ語の「oinos(酒)+ ther(野獣)」が語源。
根にブドウ酒のような香りがあり、それを野獣が好むため言われている。

梅雨の合間の月夜にまあ大まかに『宵待草』の恋をあじわいましょう。

2017年5月17日水曜日

金糸梅と未央柳 (きんしばいとびょうやなぎ)

六月になると町の中のあちこちに黄色の花が咲き乱れます。この花に種類があること人に教えられるまで知りませんでした。なるほど、金糸梅と未央柳では花の形が微妙に違う。初心者とはいえ大失敗です。写真の上が金糸梅で下が未央柳。同じオトギリソウ科オトギリソウ属の半落葉小低木の花ですが、よく観察すると異なる2種類の木々であることが分かるでしょう。


金芝梅は中国原産。  日本への渡来は   1760年頃。 黄色が鮮やか。  梅雨時に咲き、
雨に映える。 いっぱいある黄色のおしべを  「金の糸」に、  五弁の花を「梅」にたとえた。



未央柳は 悪魔よけの像の上にこの花が 置かれていたことに 由来するらしい。中国原産で300年くらい前に日本にやって来た。
澄んだ黄色の花をいっぱい咲かせる。
長いおしべがいっぱいある (花から、はみ出ている)。別名 「美女柳(びじょやなぎ)」 「美容柳(びようやなぎ)」 「金線海棠(きんせんかいどう)」
金糸梅との比較 。 花びらは大きい。  花びらの間隔があいている。  おしべが長い。  実は細長い。赤くはならない。

ま、これくらいで区別できるでしょう。

2017年4月18日火曜日

えごのき

「知左(ちさ)の花   咲ける盛りに   愛(は)しきよし  
その妻の子と   朝夕に 笑みみ笑まずも」   (知左=エゴノキ)    万葉集 大伴家持

皆さんは<えごのき>という名前の木をご存知でしょうか。ギリシャの古典かそれ相当の語源をもってこんな名前を付けられたのと思っていたら、なんとこの木の実の川は有毒で、魚を麻痺させる毒があり、食べたときにのどを刺激して酷い(=えぐい)ことからこんな名前になったらしいです。小ぶりであるのに白い可憐な花の木から想像も付かない名前です。
「知左の花」「売子の木」という字もあてがうことあるが。一般的ではないようです。

開花は毎年五月の上旬。北山に行くとよく見られますが、街中で私の目に止まったのは、京都駅の近く「京都市大学の街交流センター」の前に植えられています。


2017年3月15日水曜日

三春滝桜

 宇治川の北側に、小さなお寺である『恵心院』というお寺があります。当寺のはじまりは、弘仁12年(821)に真言宗の開祖弘法大師によって開かれた古刹龍泉寺と伝えられていますが。この寺その後廃れたのですが、やがて、「往生要集」の編者として名高い僧都源信によって再興され、『恵心院』と称するようになったと伝えられています。
 源信は、宇治川に入水した源氏物語宇治十帖のヒロイン浮舟を助け、新たな道を歩ませることとなった横川(よこわ)の僧都のモデルともいわれています。


お寺の歴史や調べていただくとして、年中花にかこまれて心持のいいお寺ですが、そのかに福島県の三春町おくられた桜があります。福島県田村郡三春町にある樹齢1000年を超える古木の子木。滝のように枝を垂らす鮮やかなエドヒガン系ベニシダレザクラ。親木は日本三大桜の一つで国の天然記念物である。その子樹であるらしい。地震よりはるか前にやってきてる。見ごろは染井吉野よりちょっと遅め。染井吉野に乗り遅れた人にはお勧めです。」

2017年2月19日日曜日

大犬のフグリ

       寝ころべば おおいぬふぐり 花盛り    
               春の野原の  暖かさかな 
                                              山帰来

「うんこ=キタナイもの、排せつされるべき・・・・・・という一方的な思い込みや、価値観の押し付けにだれかのは異議申し立てをしている。人間の側から考えれば。そうした図式も成り立つのかも知れないけれど、自然界を広く見渡せば、誰かの排出物は、ほかの誰かの栄養物であったりする。僕たちはいらないものを出しているともいえる言えるともいえるけれども、ほかの誰かに必要な者を与えているともいえるのだ。」

これは盛口満(沖縄大学教授)新樹社『雑草が面白い』の一節。本当に変な名前に閉口してしまいます。しかもこの草何食わぬ顔して咲いているが、明治以降の移入物。参ってしまいます。別名に瑠璃唐草、天人唐草、星の瞳。このほうがいいですね。
 

2017年1月19日木曜日

姫踊子草

一寸早いかな。でも、二月に咲いているところがあるいうので二月の花に選びましょう。


 原産はもともとヨーロッパ地方。二・三月頃空地では 必ずといっていいほど見かける。ヨーロッパが原産で、東アジアや北アメリカなど日本以外でも広く帰化している。日本では明治時代の中ごろの発見され場所は東京だそうである。

インターネットのブログ「花よもやま話」では、
「ヒメオドリコソウ(姫踊子草)の花からは残念だが踊り子は想像できず、もしオドリコソウ(踊子草)という先輩の存在がなかったら、ヒメオドリコソウ(姫踊子草)などという優雅な名前は頂けなかったかも知れないと思ったりする」*
と書いてあるが、そんなことはないと思う。とても立派な踊り子さんたちである。

春になるとと道端や空地、畑などのありふれた雑草として知られ群生している。画像ヒメオドリコソウ(姫踊子草)は団結して集団行動である。

先のブログによると、「幼稚園の園児の遊戯や、毎年八月に山形市で行われる菅笠に赤い花飾りをつけた花笠を手にし、『花笠音頭』にあわせて街を踊り練り歩く『花笠踊り』をも連想させて、赤紫色の絨緞を敷き詰めたように咲く本格的な春への夢が広がる。」ということである。

花言葉は愛嬌である。

*(http://plumkiw948.at.webry.info/201301/article_4.html)

2016年11月18日金曜日

ゆず 柚子


人棲まぬ隣家の柚子を仰ぎけり     横光利一

十一月になって急に冷え込んできました、そろそろ
鍋が恋しい季節ですね。そこで欠かせないのが「ゆず」。柚子の特産とされている地方はたくさんあるが、京都・水尾もそのひとづ。愛宕山の山肌に40個ばかりの家が張り付くように佇んでいる。水尾は「水がきれい」という意味でもある。

特に柚子風呂は「柚子ばかりのいえ風呂は、聖武天皇の時代に民間から始まり、生柚子を半分に切り、それを木綿袋に入れて風呂に浮かせるものです。昼間が一年で一番短い「冬至(とうじ)」に柚子風呂に入ると、その一年は病気知らずといわれます。風呂いっぱいに広がる柚子の香りに気分も爽快、あがった後の体にはほのかに爽やかな柚子の香りが残ります。」(わかさ生活)

ところで、ここ水尾は清和天皇(850-880)の陵の地でもある。「平安時代前清和天皇は二十七歳で陽成天皇に譲位した後、三十歳の時に仏道修行のために近畿各地を回り、その最後に水尾の山寺に入った。清和天皇は水尾の地を終焉の地と考え、三十一歳の時に洛東の円覚寺で亡くなった。遺骨は遺詔(遺言)によって水尾の水尾山寺に葬られ、清和天皇水尾山陵(みずのおやまのみささぎ)は集落から水尾川を渡って対岸にある清和山の中腹に設けられている。清和天皇を祭神とする清和天皇社は水尾の氏神であり、境内には摂社として四所神社が祀られている」(Wikipedia)ということだが、果たして、前から清和天皇と柚子の関係はいかに?

2016年10月22日土曜日

公孫樹Ⅱ

前の回でもいったかな、この季節に公孫樹は美しい彩をそえます。暗い街にスウィッチが入ったみたいだ。ちょっとダブることがあるかも知れませんが、この間読んだ本に面白いことが書いあったので、もう一度書きます。

 本のタイトルは『植物和名の語源 深津正 (八坂書房)』。

狂言でないは麻布の逆銀杏

親鸞が麻布がおった枝ものが、そのまま生きついたと言われるの公孫樹。中村座のなった公孫樹で、それらの因縁を結ぶは堺町。それを結ぶ着けられたの上の句。

公孫樹は貝原益軒が「葉が一枚だから一葉の意味である」と解釈して以来、江戸時代の学者がこの説を受けれたが、これも幕末の音韻学者黒川春村がこの意見にいちゃもんを付けた。

新村出や『大辞言』の主張する意見もある。
さあ、あなたはどれを取る・・・・・